大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和47年(ワ)501号 判決

原告 甲野花子

〈ほか四名〉

右五名訴訟代理人弁護士 西垣内堅佑

同 仙谷由人

同 保坂紀久雄

被告 学校法人日本医科大学

右代表者理事長 高橋末雄

右訴訟代理人弁護士 福田末一

同 今井文雄

主文

一  原告らの各請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  主位的請求

(一) 原告らがそれぞれ被告に対し雇用契約上の権利を有することを確認する。

(二) 被告は、原告らに対し、それぞれ金四九四万五四四八円およびこれに対する昭和五〇年一二月一三日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員ならびに昭和五〇年一二月以降毎月二三日かぎり各金一〇万五六〇〇円の支払いをせよ。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

(三) 第(二)項につき仮執行の宣言。

2  予備的請求

(一) 被告は、原告らに対し、それぞれ金一四二万〇九〇〇円およびこれに対する昭和四八年一一月一日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

(三) 第(一)項につき仮執行の宣言。

二  被告

主文と同旨。

≪以下事実省略≫

理由

第一主位的請求について

一  被告が私立学校法の定めるところにより設立された学校法人であって、日本医科大学医学部、同大学院、看護学院等およびその付属病院を設置していること、原告らがいずれも公立高等学校を卒業し、看護学院本科の入学試験に合格したうえ、昭和四三年四月に同本科の五期生として学院に入学したこと、さらに原告らがいずれも昭和四六年七月二三日に学院を卒業し、その後国家試験にも合格したことは、当事者間に争いがない。

二  ところで、原告らは、看護学院に入学の際、被告と原告らとの間に、主位的請求原因(二)に記載のような停止条件付雇用契約または解除条件付雇用契約が成立した旨主張している。そこで、この主張の当否について判断するに、まず、本件の全証拠を検案しても、原告らの学院入学の際被告と原告らとの間で雇用契約締結の合意書が作成されたり辞令書が交付されたりするなど右主張のごとき雇用契約締結の合意が明示でなされたことを認めるに足りる証拠は全く見当たらない。のみならず、≪証拠省略≫によれば、看護学院の学生の入学許可等に関する権限は学院長にあり、それに関する事務は学院長およびこれを補佐する主事、教務主任等学院の教職員が担当していたのに対して、付属病院の看護婦等被告の従業員の採用等に関する権限は被告大学(学校法人)の理事長にあり、それに関する事務は理事長およびこれを補佐する本部事務局の人事課長(昭和四五年七月三一日以前は庶務課長)等本部事務局の職員が担当していたことが認められるし、また、≪証拠省略≫によれば、原告丁村秋子および東野冬子は、すでに昭和四二年の春(なお、右原告らは同年三月に高等学校を卒業している。)被告と雇用契約を締結し、以来看護助手として付属病院に勤務していたものであるのにかかわらず、学校入学直前の昭和四三年三月末にわざわざ被告に退職願を提出してその承認を受けている(換言すれば、すでに成立していた雇用契約を明示に合意解約している。)ことが認められるから、学院への入学許可手続が当然に付属病院の看護婦の採用手続としての性格をも兼有するものであり、したがって、原告らが学院への入学を許可されたときに当然に原告ら主張のとおりの雇用契約が成立したものと解することは困難であるというべきである。さらに、≪証拠省略≫によって明らかな、原告らが学院入学の際学院長に提出した誓約書および原告らの保証人がそれを同時に学院長に提出した保証書に記載の文言を見ても、学院入学後における学則等遵守の誓約、その誓約厳守の保証、在学中に要する費用等の弁償義務等には触れているが、原告らが学院を卒業した後の問題や付属病院の看護婦としての就職等に関しては全く言及していないことが認められる。しかるに、原告らは、なおも種々の間接事実を挙げて、原告らの学院入学の際、被告と原告らとの間には主位的請求原因(二)に記載のような雇用契約が成立していると主張するので、以下その主張の当否について検討する。

1  まず、原告らは、看護学院は、被告らの付属病院で勤務すべき看護婦を養成し、その不足を解消することを目的として設置されたものであって、一般の企業における工員の養成施設と類似していると主張する。そこで、検討するに、看護学院は昭和三九年に設置されたものであるところ、当時わが国において看護婦の不足が問題になっていたこと、学院本科の一期から四期までの卒業生は付属病院以外の病院への就職者および上級学校への進学者を除く全員が付属病院の看護婦として採用されていること、学院の本科生については卒業後二か年を越えて付属病院に勤務すれば返還義務全部免除の特典のある奨学資金貸与制度が設けられていることは、当事者間に争いがなく、そして、これらの事実と、≪証拠省略≫とを総合すれば、被告は、看護学院を新設するに当たり、その卒業生の多くが付属病院の看護婦に就職することを希望し、かつ、その就職によって付属病院の看護婦が充足されることを大いに期待していたことを肯認することができる。また、≪証拠省略≫によれば、学院本科卒業生の卒業時の就職、進学の実態は、別紙本科卒業生の進路実態調査表に記載のとおりであって、一期から五期までの卒業生の多くが被告の右期待に応え付属病院の看護婦に就職していることを認めることができる。しかしながら、≪証拠省略≫を総合すれば、看護学院は、昭和三九年四月一日に、保建婦助産婦看護婦法第二一条第一号所定の学校として文部大臣の指定を受けたうえ、同法所定の看護婦に必要な知識技術を修得させることを目的として設置されたものであること、その入学資格、修業年限、教育内容等は、すべて右法律に基づく保建婦助産婦看護婦学校養成所指定規則の定める基準に従って定められていること、その学生は、一般から募集され、所定の選抜基準および出願手続により入学が許可され、入学金および授業料の納付も義務づけられていること、すでに付属病院の看護助手等として採用され被告の従業員の地位にある者であっても、学院への入学が許可された場合には、退職のうえ学院に入学することになっていること、看護学院の学則には、学生の欠席、休学、復学、退学、進級、卒業、懲戒、授業料未納者に対する処置等に関する規定が設けられていること、他方、学院の卒業生が付属病院以外の病院に就職したり上級学校に進学したりすることを制限または禁止する旨の学則その他の規則は全く存在しないことを認めることができるのであり、これらの事実に照らして判断すれば、看護学院は、他の一般の学校と変りのないものであって、一般の企業における工員の養成施設とはその性格を全く異にするものであるといわなければならない。したがって、看護学院の設置の目的やその性格から、原告らの学院入学の際被告と原告らとの間に主位的請求原因(二)に記載のような雇用契約が当然に成立していると解することは困難であるといわなければならない。

2  また、原告らは、その主張する雇用契約の成立を裏付ける間接事実として、看護学院本科の一期生から四期生までは、卒業後付属病院以外の病院に就業したり上級学校に進学したりした者を除く卒業生の全員が付属病院の看護婦として採用されており、しかも、その採用に当たっては、原告らについて実施されたような採用試験等が全く行なわれなかったと主張している。そこで、この主張についてみるに、看護学院本科の一期から四期までの卒業生のうち付属病院以外の病院へ就職した者および上級学校へ進学した者を除く全員が付属病院の看護婦に採用されていることは、当事者間に争いがなく、また、それらの卒業生の卒業時の就職、進学の実態が別紙本科卒業生の進路実態調査表記載のとおりであることは、先に認定したところである。さらに、≪証拠省略≫によれば、学院本科の一期から四期までの卒業生については、付属病院の看護婦への採用に当たり、原告ら五期卒業生の一部の採否の判定について実施されたような面接、作文等の採用試験は全く行なわれなかったことが認められる。しかしながら、看護学院本科の一期から四期までの卒業生についても、かなり多数の者(一期生については卒業生の一六・六パーセント、二期生については卒業生の九・六パーセント、三期生については卒業生の三二・三パーセント、四期生については卒業生の二二・五パーセントに達する者)が付属病院以外の病院に就職したり上級学校に進学したりしていることは、先に認定したところから明らかであるし、また、≪証拠省略≫によれば、学院本科の一期から四期までの卒業生についても、被告は、前記認定のとおり、付属病院の看護婦への採用に当たり、面接、作文等の採用試験こそ行なわなかったものの、卒業前に、付属病院への就職希望の有無、勤務場所の希望等を調査、確認したうえ、付属病院への就職希望者には、履歴書、内申書、成績証明書、戸籍謄本等の就職に必要な書類を提出させるとともに、健康診断を行ない、さらに、採用者には辞令を交付するなど一般に行なわれている形式の採用手続を履んでいることが認められる。さらに、≪証拠省略≫によれば、従来看護学院の卒業生の多数が付属病院の看護婦に就職しているのは、雇用契約その他の契約に基づく法的拘束によるものではなくして、被告の主張するごとく、看護学院在学中に先輩の看護婦や同期生と親しくなること、実習を通じて付属病院の機構やその看護業務の実態を知悉するようになること、付属病院に二か年を越えて勤務すると奨学資金の返還義務全部免除の特典があること、学院在学中に学院の教務主任、教員等が機を見て卒業後付属病院に就職するよう勧誘していることなどの事情によるものであることが認められる。なお、病院の経営者が看護婦を採用するに当たり、採用試験を行なうか否か、また、採用試験を行なう場合にいかなる試験を行なうかは、その内容、方法等に問題のないかぎり、病院経営者の自由に属するところというべきである。してみれば、原告らが右に主張しているような事実の存在することから直ちに、原告らの学院入学の際被告と原告らとの間に雇用契約が成立したことまたはその成立を裏付ける慣習が存在したことを推認することはできないものというべきである。

3  さらに、原告らは、被告と原告らとの間に主位的請求原因(二)に記載のような雇用契約が成立していることを裏付ける事実として、学院には卒業後二か年を越えて付属病院に勤務すれば返還義務全部免除の特典のある奨学資金貸与制度が設けられていることおよびその貸与が入学者全員に対して半ば強制的に行なわれていることを挙げている。そして、看護学院の本科生について右のような奨学資金貸与制度が設けられていることは、当事者間に争いがなく、また、≪証拠省略≫によれば、従来から学院の教務主任その他の教職員は、入寮式または入学式終了後のオリエンテーションなどの際に、入学者に対し、強制的とまではいえないけれども、かなり強い態度で、奨学資金の貸与を受けるよう説得するとともに、卒業後は付属病院に勤務してほしい旨勧誘していたことを認めることができる。しかしながら、≪証拠省略≫によれば、原告らが入学した当時の看護学院奨学資金貸与規程には、奨学資金は在学生のうち希望者に対して貸与するものであること(この点は、学院の学則上にも明記されている。)、奨学資金の貸与を受けようとする者は所定の願書を被告に提出してその許可を受けなければならないこと、中途退学を希望する者、退学を命ぜられた者および卒業後二か年以内に付属病院を退職する者は貸与を受けた金額の全部または一部を即時に返還しなければならないこと(この点については、昭和四五年四月一日から規程内容の一部が改正され、規程とは別に奨学資金返済に関する内規が設けられ、その内規に詳細な返済基準が定められることになった。)などが明確に定められていること、奨学資金の貸与に際しては、学院の教務主任その他の教職員が学院の入学者に対し右のような貸与規程の内容を十分に説明したうえ、貸与申込みの願書を提出させていたこと、看護婦等を養成する学校または養成所に在学する者に対する右のような奨学資金の貸与制度は、看護学院と同種の学校または養成所を設置している他の学校法人や東京都等にも存在していることが認められるから、看護学院に右のような制度が存在したことおよび学院の教務主任等が原告らに対し奨学資金の貸与申込みの説得、勧誘をしたことをもって、被告と原告らとの間に原告ら主張のような条件付雇用契約が当然に成立していると解することはできないものというべきである。のみならず、学院の教務主任等が、前記認定のとおり学院の入学者に対して奨学資金の貸与を受けるよう説得し、また、卒業後付属病院に勤務するよう勧誘しなければならなかったという事実は、却って原告らの学院入学の際被告と原告らとの間に何らの雇用契約等も成立していなかった事実を推認させるものであるといわなければならない。けだし、もし原告らの学院入学の際被告と原告らとの間に何らかの雇用契約が成立しているとすれば、学院の教務主任等がさらにそのうえ原告らに対して卒業後付属病院に勤務するよう勧誘することは無用であるといわなければならないからである。

4  以上のほかに、原告らは、被告大学の今井顧問、吉田助教授、看護学院の筒井教務主任らが原告らの学院入学式の終了後に、また、右の筒井教務主任または被告大学の塚本人事課長が昭和四五年中に行なわれた学院生自治会執行部との交渉の際に、それぞれ主位的請求原因の(二)の(4)および(5)記載のとおりの事実を述べたと主張している。そして、≪証拠省略≫によれば、被告大学の今井顧問、吉田助教授、看護学院の筒井教務主任らが、原告らの入寮式または入学式終了後のオリエンテーションなどの際に、原告ら入学生に対し、学院の奨学資金貸与制度について説明するとともに、なるべく入学生の全員が奨学資金の貸与を受けるよう説得し、卒業後は付属病院に勤務してほしい旨勧誘したことを認めることができるし、また、≪証拠省略≫によれば、当時自治会の執行委員をしていた原告甲野花子らが、昭和四五年中に、看護学院の筒井教務主任や被告大学の塚本人事課長らと奨学資金貸与制度その他の問題について話し合ったことを認めることができる。しかしながら、右の説明や話合いの際に具体的にどのような表現による説明、話合いがなされたかについては、その点に関する右各証人および原告ら本人の供述内容はいずれも曖昧な点が多いのみならず、相互に一致しない部分もあってにわかに採用することができないし、その他にこれを正確かつ具体的に認定するに足りる証拠はない。しかも、仮に右の説明や話合いの際における被告大学および看護学院の教職員らの発言内容が原告らの主張するとおりであったとしても、それらの発言のあったことから直ちに原告らの学院入学の際被告と原告らとの間に原告ら主張の雇用契約が成立していた事実を推認することは困難であって、それは単に右教職員が原告らに対し学院生全員が奨学資金の貸与を受けて卒業後少なくとも二年間は付属病院に勤務してほしいということを強調したにすぎないものと解すべきである。

以上のとおりであって、主位的請求原因(二)に記載の原告らの主張はいずれもその理由がないといわざるをえないし、さらに本件の全証拠を検案しても、その他に原告らの学院入学の際被告と原告らとの間に右請求原因(二)に記載のような雇用契約が成立していたことを推認させる間接事実を認めるに足りる証拠は存在しない。

三  次に、原告らは、第二次的主張として、被告が、原告らの卒業試験終了後の昭和四六年七月二〇日に、原告らに対し、付属病院の看護婦を採用するための面接、健康診断等を受けるように通告したのに対して、原告らがこれに応じ、同月二一日に健康診断を、同月二二日に面接を受けたので、その際被告と原告らとの間には主位的請求原因(二)に記載したのと同一内容の雇用契約が成立していると主張する。そして、被告が昭和四六年七月二〇日に原告らに対し付属病院の看護婦を採用するための面接、健康診断等を受けるよう通告したこと、これに対し、原告らが同月二一日に健康診断を、同月二二日に面接等を受けたことは、当事者間に争いがない。しかしながら、≪証拠省略≫によれば、被告は、原告らと同時に学院を卒業する本科五期生(の一部)を付属病院の看護婦として採用するに当たっては、一期生から四期生までの場合とは異なり、事前に付属病院の看護婦としての適格性を判定するための採用試験を実施することにしたこと、そして、被告は、前記のとおり、このことを昭和四六年七月二〇日に原告らに通告したこと、これに対し、原告らは、前記のとおりこの通告に応じて、同月二一日に健康診断を、同月二二日に面接および作文の採用試験を受けたことが認められるから、被告が昭和四六年七月二〇日に原告らに対してなした通告は、原告らがそれに応募すれば被告が原告らを当然に付属病院の看護婦に採用するという雇用契約締結の申込みの意思表示ではなくして、被告が付属病院の看護婦の採否判定のための試験を行なうので原告らにおいてそれに応募してほしいという趣旨の採用試験実施の通告であり、いわば雇用契約締結の誘引にすぎなかったものと解するのが相当である。したがって、原告らがこの通告に応じて同月二一日に健康診断を、同月二二日に面接および作文の採用試験を受けたことは、雇用契約締結の申込みに対する承諾の意思表示ではなくして、雇用契約締結の申込みをしたにすぎなかったものと解すべきである。そして、≪証拠省略≫によれば、被告は、その後昭和四六年一〇月一九日に、原告らに対し、付属病院の看護婦としての採用を見合せることにした旨通告し、原告らの右申込みを拒絶する旨の意思表示をしていることが認められるから、この意思表示によって右申込みはその承諾適格を失い、被告と原告らとの間には結局雇用契約が成立するに至らなかったものと解すべきである。なお、本件の全証拠を検案しても、そのころ、右の他に、被告と原告らとの間に原告らの主張するような内容の雇用契約が成立したことを認めるに足りる証拠はない。してみれば、原告らの第二次的主張もその理由がないというべきである。

四  以上に認定、判断したところからすれば、原告らの主位的請求は、その余の点について判断するまでもなく、すべて失当として棄却を免れない。

第二予備的請求について

一  ≪証拠省略≫によれば、原告らは、看護学院本科に入学の当初から、学院を卒業した後は被告の付属病院の看護婦として勤務することを希望するとともに、学院を卒業し国家試験に合格すれば付属病院の看護婦に採用されることを期待していた事実を認めることができるところ、その後、原告らが学院を卒業し国家試験に合格したのにかかわらず、被告が原告らを付属病院の看護婦に採用しなかったことは、当事者間に争いがない。

二  ところで、原告らは、被告による原告らの不採用は、何らの合理的理由にも基づかないものであるのみならず、原告らが学院在学中に積極的に行なった正当な自治会活動やいわゆる第一次および第二次高看護闘争を決定的な理由とするものであり、それらの行動によって現われた原告らの思想および信条を唯一の理由とするものであるから、憲法第一四条、第一九条、第二一条、第二七条、労働基準法第三条等の趣旨に違反し、民法第七〇九条所定の不法行為に該当すると主張するので、その主張の当否について判断する。

1  まず、憲法第一四条は、国民は法の下に平等であって信条等によって差別されないことを規定し、憲法第一九条および第二一条は、国民の思想、良心、集会、表現等の自由を保障することを規定しているが、これらの規定は、その歴史的沿革等からみて、本来的には国または公共団体と国民との関係を規律する規定であって、国民相互の関係を直接規律する規定ではないというべきである。また、憲法第二七条は、国民が勤労の権利を有することを認め、その勤務条件に関する基準を法律で定めるべきものと規定しており、そして、労働基準法第三条は、この規定および憲法第一四条、第一九条等の精神に基づき、使用者は労働者の信条等を理由として賃金その他の労働条件につき差別的取扱いをしてはならないと規定しているが、労働基準法のこの規定は、その立法趣旨および用語例等からみて、雇用契約等の契約関係の成立後における労働者の労働条件についての制限規定であって、雇用契約等の契約関係の成立自体を制約する規定ではないと解すべきである。したがって、被告による原告らの不採用が仮に原告らの行なった自治会活動等やその思想、信条を理由とするものであったとしても、その他にこれを違法とすべき特別の事情の認らめれないかぎり、その不採用が当然に不法行為となるものではないというべきである。

2  のみならず、本件の全証拠を検案しても、被告による原告らの不採用が原告らの主張するように原告らの行なった正当な自治会活動等やその思想、信条を唯一のまたは決定的な理由とするものであったとは断定することができない。すなわち、≪証拠省略≫を総合すれば、原告らはいずれも、学院在学中に、自治会活動、クラス活動や寮内活動を積極的に行ない、また、自治会活動としてのいわゆる第一次および第二次高看闘争にも参加していたこと、他方、被告もそのことを熟知していたことが認められるから、これらの事実と、原告らについては、前記認定のとおり、付属病院の看護婦としての採否の判定に当たり一期生から四期生までについては実施されなかった面接、作文等の採用試験が実施されたこととを総合すると、被告は何ら原告らの不採用の理由を明示していないけれども、原告らの右のような行動がその不採用の一つの理由ないし原因になったものと推測することができないわけではない。しかしながら、右各証拠によれば、原告らと同時に採用試験を受けて付属病院の看護婦に採用された五期生の中には、学院在学中に、原告らに劣らず積極的に自治会活動、クラス活動や寮内活動を行ない、いわゆる第一次および第二次高看闘争にも参加していた者もかなり含まれていることが認められるから、被告が、原告らのように学院在学中に積極的に自治会活動等を行なった者を、単にそのような活動を行なったという理由だけで、付属病院の看護婦に採用しないという方針を定めていたとは断定することができない。しかも、≪証拠省略≫によれば、原告らの中には、その学院在学中の学業成績、学習態度またはその性格等からみて付属病院の看護婦として採用するには問題がないとはいえない者もあったことが認められる(なお、原告乙山春子については、その学業成績等を確認するに足りる証拠がない。)。さらに≪証拠省略≫によれば、原告らは、学院在学中、自治会活動の一環として、卒業後の人員配置の自主管理や卒業試験の撤廃等を強く主張して、昭和四五年夏または秋ごろには、被告から卒業後の進路や勤務場所等に関する各自の希望を書面に記載して提出するよう求められたのにかかわらず、その提出を拒否したこと、および昭和四六年一月ごろには、従前から実施されていた卒業試験をボイコットして、入学の当初から予定されていた卒業期である同年三月には卒業することができなかったことが認められるが、原告らのこのような行動は、それが右のとおり自治会活動の一環として行なわれたものであれ、付属病院の看護婦の採用ないし配置の計画に支障を生ぜしめかねない性質のものであるというべきところ、原告らのなした卒業後の人員配置の自主管理や卒業試験の撤廃の主張が原告らの右のような行動を正当化するに足りるものであったかについては、これを肯認すべき証拠がないから、原告らが右のような行動に出たことは、その行動者の思想、信条のいかんにかかわらず、付属病院の看護婦の採否の判定に当たっては、マイナスの要素として評価されうる性質のものであったといわざるをえない。なお、本件の全証拠を検案しても、原告らの採否の判定に当たって実施された前記の面接、作文等の試験が原告らの思想、信条を調査するためになされたものであることを認めるべき証拠はない。そこで、以上のような事実関係に基づいて判断すると、被告による原告らの不採用が、原告らの主張するように、原告らの行なった正当な自治会活動等を決定的な理由とするものであり、それらの行動によって現われた原告らの思想、信条を唯一の理由とするものであったとは断定することができない。

3  なお、前記認定のとおり、原告らが看護学院に入学した際、学院の教務主任その他の教職員が、原告ら入学生に対し、かなり強い態度で、奨学資金の貸与を受けるよう説得するとともに、卒業後付属病院に勤務してほしい旨勧誘した事実が認められるけれども、前記判断のとおり、これをもって、原告らが学院を卒業し国家試験に合格した場合には当然に付属病院の看護婦に採用することを約束したものと解することができないのはもとより、この説得および勧誘が違法なものであったということもできない。そして、本件の全証拠を検案しても、その他に、被告が、欺罔行為その他の違法な手段、方法により、原告らをして学院を卒業し国家試験に合格すれば当然に付属病院の看護婦に採用されるものと信ぜしめたうえその信頼を裏切ったと認めるべき証拠はない。

三  そうすると、原告らの予備的請求も、その余の点について判断するまでもなく、失当として棄却を免れないというべきである。

第三結論

よって、原告らの主位的請求および予備的請求はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥村長生)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例